日本電産(現・英文社名 Nidec Corporation)は、1973年に永守重信が京都で創業した精密小型モータ専業メーカーとして出発し、2023年度連結売上高約2兆円規模、従業員数10万人超のモータ総合企業に変貌した。HDD用スピンドルモータで世界シェア7〜8割を握った2000年代以降、「世界の回るものをすべて自社モータで動かす」という野心的ビジョンを掲げ、2020年代には自動車電動化、家電、産業機器向けまで裾野を広げた。日本企業としては珍しく、売上の8割前後を海外で稼ぐグローバル製造企業でありながら、本社機能と意思決定は京都に強く根を残す「外向きの多国籍企業+内向きの職人経営」という二重構造を持つ。日本の産業構造の中では、トヨタやパナソニックのような最終製品ブランドではなく、世界のあらゆる機器の内部で静かに価値を支配する「不可視のインフラ企業」として位置づけられる点が、その戦略的アイデンティティを特徴づけている。
日本電産の利益構造を規定してきたのは、HDD用スピンドルモータとファンモータに代表される情報通信機器向け小型モータ事業である。2010年前後には売上の4〜5割、営業利益の過半をこの領域が占めていたとされ、サムスン、ウエスタンデジタル、シーゲイトといった大口顧客との長期取引により、高い設備稼働率と安定したキャッシュフローを確保した。このキャッシュをテコに、2010年以降は自動車・家電・産業機器向けモータや減速機メーカーを国内外で積極買収し、M&Aだけで累計数兆円規模を投じている。近年は売上構成がシフトし、自動車関連(電動パワステ用モータ、電動コンプレッサ、eアクスルなど)が3割前後、家電・産業機器・商業・インフラ向けが4割前後、小型精密モータが残りを占める構図になりつつある。経済エンジンの本質は、「高ボリューム・中単価・長期供給契約」による規模の経済と、「モータ+制御+ギア」の組み合わせで付加価値を高めるシステム提案力にあり、単体部品からサブシステムへの格上げによって利益率を維持しながら、多数のニッチ市場を束ねて全体の売上を膨張させる構造を作り上げている。
日本電産の参入障壁は、単一技術というより「製造・開発・顧客密着」を一体化した運営システムにある。HDDスピンドルモータでは、1990年代からクリーンルーム生産、超高精度バランス技術、静音・低振動設計を積み上げ、東日本大震災(2011年)で他社が供給混乱に陥る中でも、迅速な復旧と海外拠点のバックアップでシェアを拡大した。この「止めない生産」と「品質保証の信頼」が、大手グローバル顧客の設計段階からの関与を可能にし、長期的な設計インに結びついている。さらに、世界各地に散在する買収企業を「日本電産方式」で標準化し、歩留まりや原価を短期間で改善するオペレーション能力は、単なる資本提携では再現しにくい組織的ノウハウである。競合が模倣しづらいのは、技術特許だけでなく、「24時間止まらない工場」「細かすぎる原価管理」「現場に張り付く営業技術者」といった文化的要素が複合して初めて成立する経営システムだからである。
象徴的な転換点は、2010年代後半に打ち出された電気自動車向け統合駆動システム「E-Axle(eアクスル)」への大規模参入である。2018年前後から中国自動車メーカーとの協業を加速し、2019年には広州自社工場を本格稼働させ、2030年に自動車関連売上を2兆円規模に引き上げる目標を掲げた。この決断の背景には、PC・HDD市場の成熟とSSDシフトによる中長期的な縮小リスクがあり、「回転機の会社」が「車輪を直接回す会社」に変身する必要性があった。ビジネスロジックは、モータ単体ではなく、インバータ、減速機を含むユニットとして供給することで、部品メーカーからシステムサプライヤーに格上げし、単価とスイッチングコストを同時に高めるというものだった。一方で、この賭けは開発投資と設備投資を膨張させ、2022〜2023年度にはeアクスル事業の赤字が全社収益を圧迫し、永守氏が再び社長職に復帰して立て直しに乗り出す事態を招いた。高成長領域への大胆なシフトが、同社の成長軌道を自動車電動化と心中させる構造的な転換点となった。
日本電産が世界的地位を獲得する過程で支払った代償は多い。第一に、数量成長を優先し、利益率よりシェアを追う戦略を長年続けた結果、景気後退局面や新規事業の立ち上がり期には収益変動が大きくなった。大量受注と価格競争を受け入れることで、短期的な高マージンよりも、顧客ロックインと設備稼働率を重視する選択をしてきたのである。第二に、M&A依存の成長は、買収先の統合負荷と組織の疲弊を伴った。欧州のEmerson Electricのモータ事業買収(2010年頃)など大型案件では、文化摩擦や収益改善の遅れが表面化し、経営リソースが統合作業に吸い取られた。第三に、創業者主導の強烈なトップダウンは、迅速な意思決定と引き換えに、後継体制の不安定さを露呈した。2021年のCEO交代とその後の復帰劇は、ガバナンス面での過渡期を象徴している。これらのトレードオフは、国内安定よりもグローバル成長、短期利益よりも市場支配を優先した結果としての必然的コストである。
スタートアップ創業者にとって、日本電産の軌跡は三つの思考モデルを示唆する。第一に、「コアの徹底」と「周辺の大胆な拡張」をどう両立させるかという二重経営の発想である。HDDモータで稼いだ資金を、自動車・産業機器へと再投資したように、一つの収益源を搾り切りながら、次の成長軸を早期に仕込むポートフォリオ思考が重要になる。第二に、「システムとしての模倣困難性」を設計する視点である。単一のプロダクト優位ではなく、製造プロセス、品質保証、顧客との設計連携、人材育成を一体で設計することで、他社がコピーしにくい経営オペレーティングシステムを築くことができる。第三に、「成長のトレードオフを意識的に選ぶ」姿勢である。日本電産はシェアとスピードを優先し、収益変動や組織負荷を受け入れた。スタートアップもまた、資本調達の加速と所有権の希薄化、技術的野心と開発リスクなど、避けられない代償を伴う。重要なのは、どのコストを意図的に引き受け、どのコストは許容しないのかを明確化し、組織全体で共有することである。日本電産の歴史は、「何を得たか」以上に、「何を犠牲にすると決めたか」が企業の輪郭を形づくることを示している。