日産自動車は1933年創業、2023年度売上高約12.7兆円、世界販売台数約330万台を誇る日本第3位クラスの完成車メーカーであり、ルノー・日産・三菱アライアンスを通じて世界トップクラスのスケールを持つ企業である。1999年のルノー資本参加以前は典型的な日本型自動車メーカーだったが、ゴーン体制下の「日産リバイバルプラン」を経て、国内大手としては異例の「外資主導の再編を経験した企業」という固有のアイデンティティを形成した。日本の自動車産業において、トヨタ・ホンダが強固な単独路線を貫く中、日産は資本・開発・調達を国際的アライアンスに全面的に組み込んだ存在であり、「日本製造業の中で最もグローバルな企業統治と事業構造を持つ完成車メーカー」という戦略的アイデンティティが際立つ。EV「リーフ」を2010年に世界初の量産電気自動車として投入し、2020年時点で累計50万台以上を販売した実績は、日本の自動車産業の電動化を先導した象徴的事例であり、日産を単なる追随者ではなく、規制・市場構造転換の「実験場」として機能させてきた。
日産の収益構造の中核は、北米を中心とした量販セグメントである。2023年度の地域別売上では北米が約40%前後を占め、日本・中国・欧州がそれに続く。特に米国でのSUV・ピックアップトラック(ローグ、パスファインダー、フロンティアなど)のボリュームが、固定費を吸収し、研究開発費(年間5千億円規模)を支えるキャッシュフローの主柱となっている。製品別には、C・Dセグメントの乗用車とSUVが収益の大半を生み、EVや高級車インフィニティはブランド・技術ポジショニングの役割が強く、短期利益より中長期の技術資産形成を担う。アライアンスを通じたプラットフォーム共用(CMFプラットフォームなど)と、世界各地の生産拠点(九州、栃木、米国テネシー、英国サンダーランド、中国合弁工場など)を組み合わせることで、車種ごとの変動費を抑えつつ世界的なボリュームを確保する「規模×共通化」の論理が、日産の経済エンジンである。また、販売金融子会社を通じたオートローン・リースは、金利マージンと残価管理による安定収益源であり、景気変動のショックを和らげるバッファとして機能している。
日産の構造的優位性は、第一にアライアンスを梃子にしたグローバルな開発・調達ネットワークである。ルノー、三菱自動車と共通プラットフォームやパワートレインを共有しつつ、地域別に最適な車種構成を組み立てることで、単独では到達し得ないスケールメリットを享受している。第二に、EV・電動パワートレイン技術の先行投資である。東日本大震災と福島第一原発事故が起きた2011年前後から、ゼロエミッション戦略を前面に出し、モーター、インバータ、電池制御技術を内製的に蓄積した結果、e-POWERなどシリーズハイブリッド技術を含めた電動化ポートフォリオを早期に構築した。他社が単純なハイブリッドやPHEVに注力する中で、日産は「モーター駆動の走行感」と「ガソリン発電のコスト」の折衷解を商品として成立させ、これは容易に模倣しにくい制御技術とサプライチェーンを伴う。第三に、英国サンダーランド工場に代表される現地生産・現地開発の深度である。1986年稼働の同工場は長年欧州での生産性トップクラスとされ、ブレグジット後も欧州市場への橋頭堡として政治・産業政策上の存在感を維持している。こうした「国・地域をまたぐ生産・政治リスクマネジメントの経験値」が、単なる技術模倣では到達できない構造的足跡となっている。
日産の戦略史で決定的な転換点は、1999年のルノーとの資本提携と「日産リバイバルプラン」である。当時、日産はバブル期投資の後遺症と慢性的な収益悪化により、約2兆円規模の有利子負債を抱え、国内銀行団主導の延命では構造改革が進まない状況にあった。ルノーから派遣されたカルロス・ゴーンは、2001年までに国内生産能力の約3割削減、5工場閉鎖、1,400社超の取引先を約半数に絞り込むなど、従来の系列関係を大幅に解体した。この決断のビジネスロジックは、「日本的しがらみを断ち切り、グローバル水準の資本効率と商品力に再設計する」ことであり、結果として2001年度には営業利益率を約7%台へと回復させ、負債削減も急速に進んだ。一方で、この改革は長期的に「アライアンス依存」と「国内サプライチェーンの脆弱化」という新たな構造リスクも生み出し、2018年のゴーン逮捕とアライアンス内ガバナンス対立に象徴されるように、企業統治と戦略自律性をめぐる緊張を現在に至るまで残している。
日産が選択したアライアンス主導の成長路線は、技術・調達・資本の面で巨大なメリットをもたらした一方で、「純粋な日本企業」としての意思決定自律性を部分的に放棄する代償を伴った。ルノーとの持ち合い構造やアライアンス・ボードの存在は、開発投資配分やプラットフォーム戦略において、単体最適ではなく連合最適を優先せざるを得ない局面を生み、特に2010年代半ば以降の欧州・中国市場減速時には、日産単独での素早い事業ポートフォリオ転換を難しくした。また、1999年以降の急速なコスト削減と系列解体は、短期的には利益率を押し上げたが、長期的な部品メーカーとの共進化関係や国内雇用の安定性を損ね、結果として日本国内でのブランドロイヤルティや販売店網の結束力に陰りをもたらした。さらに、EVへの先行投資は技術的優位を生んだ反面、補助金やインフラ整備が追いつかない市場環境の中で、十分な価格プレミアムを取れず、長期にわたり収益性を圧迫した。日産は「規模とスピード」を取る代わりに、「統治の単純さ」と「国内基盤の厚み」の一部を手放したと言える。
オペレーションマネジャーの視点から見ると、日産の歩みは三つの思考枠組みを示唆する。第一に、「スケールか自律性か」というトレードオフの認識である。アライアンスや共同開発はコストとスピードの優位をもたらすが、その裏側で意思決定の複雑性と調整コストが増大する。現場レベルでも、標準化とローカル適応のバランスを常に再評価しなければ、効率追求が市場対応力を奪う。第二に、「短期の効率化と長期のレジリエンス」の両立である。日産が1999年以降に示した急進的なコスト削減は、財務再建には有効だったが、後年のサプライチェーン脆弱性や人材・技術蓄積の薄さとして跳ね返った。ライン編成やサプライヤー選定においても、単年度の原価低減だけでなく、災害・規制変更・需要変動に耐える冗長性をどこまで組み込むかという「耐性設計思考」が不可欠になる。第三に、「技術先行投資と市場タイミング」のギャップ管理である。EVのように技術的には正しい方向でも、市場や制度が追いつかない期間が長期化する場合、オペレーションは赤字事業を抱えつつ学習曲線を進める覚悟が要る。その際、収益性の高い既存事業からどの程度キャッシュを振り向けるか、どの工程を共通化してリスクを抑えるかといった資源配分の設計が、現場マネジメントの核心となる。日産の事例は、高度技術産業におけるオペレーションが、単なる生産効率の追求ではなく、「不確実性の中でどのトレードオフを受け入れるか」という経営判断そのものと不可分であることを示している。