シャープは1912年創業、戦前は金属製ベルトバックルや「シャープペンシル」に端を発し、戦後はラジオ、テレビ、電卓と日本の家電・エレクトロニクス産業の成長そのものを体現してきた企業である。2000年代半ばには売上高3兆円規模、液晶パネルでは世界シェア首位級となり、堺工場(2009年稼働)は当時世界最大級の第10世代液晶工場として象徴的存在だった。2023年度連結売上高は約2兆7,000億円規模で、純国産企業ではなく2016年に台湾の鴻海精密工業(フォックスコン)傘下に入ったとはいえ、日本の「液晶」「家電」「デバイス」産業の歴史を背負う存在感は依然として大きい。
この企業の戦略的アイデンティティは、「デバイスと最終製品を一体で設計し、生活インフラに近い領域で日本品質を具現化する垂直統合型メーカー」である点にある。亀山工場(2004年稼働)に象徴されるように、シャープは液晶パネルとテレビを同一拠点で統合開発し、「世界の亀山モデル」として品質・歩留まり・デザインを同時に高め、日本の輸出競争力の象徴となった。単なる家電ブランドを超え、日本の製造業が「高付加価値な部材と完成品の両方を握る」モデルを世界に提示した点で、国内における戦略的な意味は依然として重い。
シャープのキャッシュフローの原動力は、長らくテレビ・白物家電などコンシューマ機器と、液晶パネル・カメラモジュール・センサーなどのデバイス事業の二本柱であった。ピーク時には売上の約半分前後を液晶関連が占め、残りをAV機器、情報機器、白物家電などが支えた構図とされる。液晶テレビ「AQUOS」は2000年代半ば、日本国内でシェア首位級を維持し、薄型テレビ市場の立ち上がり局面で高い単価とボリュームを同時に享受した。
同社の「利益捕捉の論理」は、コア部材である液晶パネルを自社で開発・製造し、それを搭載したテレビやスマートフォン向けディスプレイとして外販しつつ、自社ブランド製品にも内部供給することで、バリューチェーンの複数階層から利益を吸い上げる構造にあった。亀山・堺といった大規模工場への巨額投資は、スケールメリットと高精細・高歩留まり技術に基づく「量+質」の両面での収益源泉となり、そのキャッシュが次世代パネル、センサー、エネルギー関連(太陽電池など)への研究開発を支えた。もっとも、パネル価格下落と韓国・中国勢の台頭により、この経済エンジンは2010年代以降、急速に収益性を失っていくことになる。
シャープの構造的な優位性は、単に「液晶が強かった」ことではなく、材料、プロセス、モジュール設計、量産のノウハウを一体化した「製造システム」と、その上に最終製品の企画・デザインまで内製化する組織能力にあった。世界初の電卓用液晶(1973年)、世界初のカメラ付き携帯電話「J-SH04」(2000年)、「世界の亀山モデル」に代表される高精細液晶テレビなど、デバイス起点で新しい製品カテゴリをつくる力は模倣が難しい。
また、トヨタなどとの間接的な関係や、国内部材メーカーとの長期的取引関係を通じて形成されたサプライチェーンは、品質管理・共同開発・相互依存の度合いが高く、単純な価格競争では崩れにくいエコシステムを生んだ。特にクリーンルーム運用、ガラス基板の大型化技術、低消費電力化など、設備投資と人材蓄積を前提とする領域では、新規参入が極めて困難だった。競合が同規模の投資を行っても、歩留まりと品質の立ち上げに時間と損失が伴うため、シャープは長期間にわたりプレミアム価格を要求できるポジションを維持した。
シャープの戦略的転換点として決定的だったのは、2005〜2009年にかけての液晶への「全面ベット」と堺工場建設の意思決定である。プラズマテレビとの規格争いが続く中、同社は「液晶が勝つ」と読み切り、第10世代ガラス基板対応の巨大工場を堺市に建設した。事業論理としては、より大きなガラス基板から多くの大型テレビパネルを切り出すことで、コスト競争力と供給能力を同時に確保し、世界需要を一気に取りに行く構想だった。
しかし、2008年のリーマン・ショックに続く世界需要の急減速、サムスンやLG、後には中国BOEなどの追随投資、パネル価格の急落が重なり、巨額減損と財務悪化を招いた。2012年度には連結最終赤字が4,000億円を超える水準となり、メガバンク支援とリストラを余儀なくされる。結果として、2016年に鴻海による出資を受け、創業以来初めて実質的な外資傘下となった。この一連の意思決定は、「競争優位の源泉をなすコア事業に過度集中しすぎた場合、外部ショックと市場構造変化が同時に起きると企業全体を揺るがす」という教科書的事例となった。
シャープが取った戦略の代償は明確である。第一に、液晶という単一技術への集中により、事業ポートフォリオの多様性を犠牲にした。白物家電や情報機器など他事業は存在したが、投資・人材・経営の関心は液晶に偏り、結果としてスマートフォンOS・サービス、クラウド、ソフトウェアといった新興領域での存在感を築けなかった。
第二に、「日本発・日本製」にこだわった生産体制は、品質とブランド信頼を高める一方で、為替変動と人件費上昇に弱いコスト構造を固定化した。亀山・堺への巨額投資は、国内雇用と技術蓄積という社会的価値をもたらしたが、グローバルに生産拠点を分散していた韓国・中国勢に比べ、価格下落局面での耐性を大きく損なった。
第三に、垂直統合を貫いた結果、外部顧客とのしがらみや設備稼働率確保の制約が増し、柔軟な事業転換が難しくなった。自社パネルを前提としたテレビ事業は、他社パネルへの切り替えやブランドライセンスモデルなどのオプションを後ろ倒しにし、結果として構造改革のタイミングを遅らせた。
スタートアップ創業者にとって、シャープからの最大の教訓は「コア技術への集中」と「ポートフォリオ多様化」のバランスをどう取るかという思考枠組みである。ひとつは「オプション思考」であり、特定技術にリソースを集中させつつも、関連分野への小さな実験投資を続けることで、外部環境が変化した際に切り替え可能な選択肢を確保しておく必要がある。シャープは液晶において圧倒的な実行力を見せたが、その成功が他領域への探索を抑制する「成功の罠」となった。
もうひとつは「スケールと柔軟性のトレードオフ」をどう設計するかという視点である。堺工場のような巨大投資は、成功すれば高い参入障壁と収益性をもたらすが、外部ショックに対して極めて脆い。スタートアップはスケールを追う際、固定費をどこまで積み上げるか、可変コスト化やパートナーシップ活用で柔軟性を残せるかを常に意識すべきである。
最後に、「垂直統合かエコシステムか」という構造選択の問題がある。シャープは自社内完結型の強さを極めたが、ソフトウェアやサービスとの連携が重要になると、外部プラットフォームとの協業力が問われた。現代の高技術スタートアップは、自社がどこまでを自前で抱え、どこから先を他社エコシステムに委ねるかを、技術優位・資本制約・市場変化速度を踏まえて設計する必要がある。シャープの歴史は、「技術的卓越」と「構造的しなやかさ」を同時に追求しなければ、長期的な競争優位は維持できないことを示している。